わたしは貝になれない

人生の偏差値50

庭師のおっさんへ

大学卒業した年の夏。

 

実家でニートよろしくゴロゴロしていると、

「明日庭師が来るから、挨拶してお茶出しくらいしなさいよ」

と母親が言う。

都会の人は家に庭師を呼ぶと言うとどんな豪邸に住んでんだよと思うかもしれないが、別に自分ち田舎だから土地広いだけで、経済状況も中の上と言ったところです。

 

この家は自分が高校2年の年に母親が建てたものだった。ちょうどその頃に知り合いのお宅が家を潰すだか建て替えるだかなんだかで、そこの立派なお庭を、どうせ処分するはずだったから、と相場よりかなり安い値段でそのままうちに移植させてもらえたらしい。

庭の相場というのもピンとこないが、立派な松の木、飛び石や石灯籠などなど、一から揃えたら値段も相当なものになるだろうなとは思った。

その他、庭いじりが好きな母の手によって金木犀や花水木も植えられ、緑あふれる素敵なお庭にはなったのだが、その景観を維持するには定期的なメンテナンスは不可欠なのだった。

ということで、我が家は半年に一度くらい、庭師を呼んで庭木の剪定をお願いしていた。そのおっさんが明日来るという。

 

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7月の終わりだったか。自分の地元では一番人が集まって馬糞が道路のあちこちに散らばる祭り(相馬野馬追 - Wikipedia)が終わった頃、庭師のおっさんがやってきた。

2人来た。眼鏡のおっさんと眼鏡じゃないおっさん。

2人とも60代半ばくらいか。庭師という職業柄かよく日に焼けて、顔の皺がクレバスみたいに深かった。

 

午前中の作業が一段落し、うちの縁側で持参した弁当を食べるおっさん達にお茶を出して軽い世間話をした。

「大学生なのかい」

「はあ、実は今年卒業したは良いものの就職できなくて、今は医療系の専門学校に通ってます。恥ずかしながら」

「そんじゃいま夏休みか」

「そうです」

「そうかぁ、いろいろ遊べて良いべなぁ。免許持ってんだべ」

「いやー、持ってはいるんですが、免許取ってから一度も運転してないんですよ。怖いし」

そう言うと、眼鏡のおっちゃんがええ⁉︎っつって、

「勿体無ぇから、運転せねば。乗らなきゃうまくなんねんだがら」

と。

「おっちゃんの息子もな、免許取った翌日に田圃に突っ込んで廃車にしたわ」

「おい翌日か⁉︎新車かよ⁉︎」

眼鏡じゃないおっさんが聞くと、

「そんなもんよみんな」

と、うまそうに煙草を吸った。吸うと言うか、昔の人って煙草を飲むって言いかたするが、本当にそんな感じに吸っていた。一息ですぅーーっつって、すぐ灰になる。映画「DEAD OR ALIVE」で哀川翔(レプリカント)が煙草を根本まで一気吸いするシーンがあったと思いますが、本当そんな感じ。

 

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というか「そんなもん」ってどんなもんか知らんが、結構な惨事じゃんそれ。そもそもこの辺田舎過ぎて道路っつーか田圃のあぜ道っつーか、とにかく道が狭過ぎて初心者にとってはめっちゃ怖い。うちから大きな道路に出る前に田圃に突っ込んじゃうのも仕方ないと思う。

 

で、

翌日も剪定に来るって話だったのに、何故かおっさん達は来なかった。

夕方、仕事から帰ってきた母親にその旨伝えると、

「(眼鏡の方の)おじさんが、家出るとき間違って田圃に突っ込んじゃったんだって。だから今日行けなくなったって連絡あった」

とのこと。そんなもんなんですね、みんな。身をもって示してくれたのだと感じた。

と同時に、出来ればやはり運転など一生しないで生きていきたいと強く思った。

 

話とは全然関係無いが、眼鏡のおっさんの弁当に入ってた米が弁当箱にぎっちぎちに詰め込まれてて、粒が殆ど潰れてたのを見た眼鏡じゃ無い方のおっさんが、

「おめえの弁当すっげえな、ご飯が餅みてぇになってんじゃねえか!」

つって驚いてたのがなんか面白かったな。

「んだべ。うちはいっつもこんな詰めやがんだよ」

2人の会話を聞いてると、俺は中学出てから庭しか知らねえ、これ一本でやってきた、みたいな(知らんけど)ピュアさを感じた。

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数年前の大津波で実家も件の立派なお庭も跡形もなくなったのだが、法事で地元に帰った折にふとあの眼鏡のおっさんの安否が気に掛かり、母親に聞くと「亡くなった」と。

まじか、やっぱり津波で?と聞くと、震災前に普通に肺癌で死んじゃったらしい。

普通にって言うのも酷い話だが。それ聞いて少し安心したのを覚えている。

あんまり地元に対して人にも環境にも愛着が持てなかったが、あの庭師のおっさんが一番好きかもしれなかったな、と思った。

 

庭師のおっさんへ

自分は今もペーパードライバーを貫いています。貫くって別に立派なもんでもなんでもないんですが。