わたしは貝になれない

人生の偏差値50

尻から生まれる生命もある

自分は少し神経質なところがあり、外出先ではなかなかうんこができない。

特に汚い和式トイレには寒気がする(まぁ好きな人間はいないと思うが)。

高速のSAのトイレがギリ許容範囲。

よって、小さい頃は学校のトイレでうんこなどできるわけがなく、便秘症ゆえに授業中は常に屁を我慢していた。しかし体育の授業で走らされると我慢しきれず、始めの数歩はブっブっブっと屁も一緒に出た。

 

数日間腸内で熟成されたうんこは水分を失い硬度を増し、時にはデリケートな肛門を傷付ける。

鳥肌実が「硬い糞  出す時つらいが  紙いらず」と言っていたが、本当にそうです。

拭いた紙にはうんこなど付いておらず、そのかわり時折、真っ赤な鮮血がポツリと。

 

切れ痔というやつだが、繰り返すたびに肛門が狭くなっていく気がする。狭くというか、伸縮性が弱くなっていくというか。そして、傷を守ろうとする作用か、よく切れる位置の皮膚が伸びてしまった。触ってみるとプヨっとしてなかなか可愛い。

とは到底思えず、切れ痔からいぼ痔へレベルアップしてしまった……、と滅茶苦茶に焦り、落ち込んだ(正確に言うといぼ痔とは違い、スキンタッグと言うらしい)。

まだ小学生ですよ。こんな小学生、自分以外いない!と当時は絶望した。

いまネットで検索すると、小学生どころか赤ちゃんでもなるらしい。

しかし当時はネットなんてなかった。藁にもすがる思いで、朝刊の広告欄にあった軟膏薬のお試し請求に葉書を出したりした。親にも内緒にしていたが、郵便受けに届いた軟膏を見たはずなので、薄々感づいていたとは思う。

 

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まぁ便秘に関しては、高校卒業して一人暮らしを始めると劇的に改善した。酒と煙草を覚えたせいか、いざとなればいつでも家に帰ってうんこができる、という安心感のせいか。

肛門の出っ張りは、痛みも痒みも感じないので放置していた。うんこ拭くとき邪魔だな、ぐらいの感覚。こんな尻で恥ずかしいとは思っていたが、誰かにがっつりアナルを凝視されることなんかないし、もしそんなプレイをお願いされたとしても断れば良いだけである。不都合はなかった。そんな風に騙し騙し、魔物を飼いならすように生活していた。

  

しかし一昨年の秋、人から頂いた手作りのクリームシチューで派手に下痢をした際に、ついに魔物が牙を剥いた。

とても美味しいクリームシチューだったが、食べ切れず1日半置いて残りを食べたのがいけなかった。きっと、じゃがいもがウォルシュ菌でなんたらかんたらだったのだ。

最初はなんかヒリヒリすんなーくらいだったのが、やがて寝ることも出来ない程の激痛に。大人なのに泣きながら家人に軟膏買ってきてくれと懇願した。

立っても座っても寝転がっても、どんな体勢でも痛かった。シャワーを浴びた際、恐る恐る指で触れると、今までプヨっとした柔らかい感触だった魔物は、爪楊枝刺したらブリンっと剥けるパツパツの玉羊羹になっていた。

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それから1週間は辛い日々が続いたが、軟膏の効果か徐々に玉羊羹は張りを失いしぼんでいき、それに伴い痛みもなくなっていった。完全に痛みが消失した後、残ったのは以前より大きくなったいぼだった。

触ってみると、以前と同じプヨっと柔らかい感触。しかし明らかにでかくなってる。前は小豆大くらいだったのに、見えないからよく分からんが、触った感じ小指の先くらいになっている。

そして決心した。これは恥ずかしすぎる。手術しよう。

 

 

昨年夏。

肛門科医に「別にそれ程大きくないし、切らなくても良さそうだけど」と言われたが、おいそんなわけないだろ小指の先だぞと思い、「うんこ拭きにくいんです」と強く訴え、晴れて手術することになった。その日に日帰りでやってもらえるかと勝手に思っていたが、一応手術なので、と言われ血液検査やレントゲンやらの前処置をした後、手術の日程を決めて帰った。

 

いよいよ手術当日。手術着に着替え点滴を刺され、病室からストレッチャーで手術室まで運ばれた。まじかよたかが痔の手術なのにすげー大袈裟だなと思った。病棟の綺麗な看護師さんが、手術室のミッシー・エリオットみたいな看護師さんに

「点滴、全然落ちてないんだけど!」

とかなんとか怒られてて、(たかが痔で……)とそこでも大袈裟だなと思った。

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うつ伏せになり、術衣を腰の上までたくし上げられ、看護師に言われるがまま病院の売店で購入したゴワゴワの下着をビリビリっと破かれ、尻たぶをガムテープみたいなやつで左右に大きく開かれて、麻酔をチクチク打たれ、10分もかからず手術は終わった。

ていうか、買わされた下着、何の意味があったの?そんなレイプみたいに破かんでも自分で脱ぐし、結局脱ぐなら病室からノーパンでも良かったのではないか。いや、きっと自分には分からない、ちゃんとした理由があるのだろう。

 

「切ったやつ、見ます?」と執刀医に言われ、是非、と見せてもらうと、魔物はシャーレの中にぺろっと横たわっていた。小指の先くらいかと想像していたが、それより全然小さかった。薄ピンク色で、形は映画「グーニーズ」に出てくるスロースの頭部そっくり。可愛かった。そしてなんか少し憐れに思った。半身とは言わないが、こいつは自分の一部だったのだな。大きな解放感と、僅かな喪失感といったところか。

歯医者で抜いた歯を貰えたりするが、それみたいに切り取った痔も持ち帰っていいのかな、と思った。そして、いやこんなもんいるかよ、とすぐ思い直した。

そう、こんなもんいらないのだ。さようなら。

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術後の経過観察で診察を受けた際、医師から

「切ったからといって、赤ちゃんみたいに綺麗なお尻とは限らない。傷跡が浮腫んでまた皮膚が張り出してくる可能性もある。ま、大人のお尻っていうのは、多少でこぼこしてるもんですよ」

と言われた。

 

 

あれから一年。

尻を触ってみる。新たな生命の芽生えを、微かに感じている。

 

庭師のおっさんへ

大学卒業した年の夏。

 

実家でニートよろしくゴロゴロしていると、

「明日庭師が来るから、挨拶してお茶出しくらいしなさいよ」

と母親が言う。

都会の人は家に庭師を呼ぶと言うとどんな豪邸に住んでんだよと思うかもしれないが、別に自分ち田舎だから土地広いだけで、経済状況も中の上と言ったところです。

 

この家は自分が高校2年の年に母親が建てたものだった。ちょうどその頃に知り合いのお宅が家を潰すだか建て替えるだかなんだかで、そこの立派なお庭を、どうせ処分するはずだったから、と相場よりかなり安い値段でそのままうちに移植させてもらえたらしい。

庭の相場というのもピンとこないが、立派な松の木、飛び石や石灯籠などなど、一から揃えたら値段も相当なものになるだろうなとは思った。

その他、庭いじりが好きな母の手によって金木犀や花水木も植えられ、緑あふれる素敵なお庭にはなったのだが、その景観を維持するには定期的なメンテナンスは不可欠なのだった。

ということで、我が家は半年に一度くらい、庭師を呼んで庭木の剪定をお願いしていた。そのおっさんが明日来るという。

 

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7月の終わりだったか。自分の地元では一番人が集まって馬糞が道路のあちこちに散らばる祭り(相馬野馬追 - Wikipedia)が終わった頃、庭師のおっさんがやってきた。

2人来た。眼鏡のおっさんと眼鏡じゃないおっさん。

2人とも60代半ばくらいか。庭師という職業柄かよく日に焼けて、顔の皺がクレバスみたいに深かった。

 

午前中の作業が一段落し、うちの縁側で持参した弁当を食べるおっさん達にお茶を出して軽い世間話をした。

「大学生なのかい」

「はあ、実は今年卒業したは良いものの就職できなくて、今は医療系の専門学校に通ってます。恥ずかしながら」

「そんじゃいま夏休みか」

「そうです」

「そうかぁ、いろいろ遊べて良いべなぁ。免許持ってんだべ」

「いやー、持ってはいるんですが、免許取ってから一度も運転してないんですよ。怖いし」

そう言うと、眼鏡のおっちゃんがええ⁉︎っつって、

「勿体無ぇから、運転せねば。乗らなきゃうまくなんねんだがら」

と。

「おっちゃんの息子もな、免許取った翌日に田圃に突っ込んで廃車にしたわ」

「おい翌日か⁉︎新車かよ⁉︎」

眼鏡じゃないおっさんが聞くと、

「そんなもんよみんな」

と、うまそうに煙草を吸った。吸うと言うか、昔の人って煙草を飲むって言いかたするが、本当にそんな感じに吸っていた。一息ですぅーーっつって、すぐ灰になる。映画「DEAD OR ALIVE」で哀川翔(レプリカント)が煙草を根本まで一気吸いするシーンがあったと思いますが、本当そんな感じ。

 

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というか「そんなもん」ってどんなもんか知らんが、結構な惨事じゃんそれ。そもそもこの辺田舎過ぎて道路っつーか田圃のあぜ道っつーか、とにかく道が狭過ぎて初心者にとってはめっちゃ怖い。うちから大きな道路に出る前に田圃に突っ込んじゃうのも仕方ないと思う。

 

で、

翌日も剪定に来るって話だったのに、何故かおっさん達は来なかった。

夕方、仕事から帰ってきた母親にその旨伝えると、

「(眼鏡の方の)おじさんが、家出るとき間違って田圃に突っ込んじゃったんだって。だから今日行けなくなったって連絡あった」

とのこと。そんなもんなんですね、みんな。身をもって示してくれたのだと感じた。

と同時に、出来ればやはり運転など一生しないで生きていきたいと強く思った。

 

話とは全然関係無いが、眼鏡のおっさんの弁当に入ってた米が弁当箱にぎっちぎちに詰め込まれてて、粒が殆ど潰れてたのを見た眼鏡じゃ無い方のおっさんが、

「おめえの弁当すっげえな、ご飯が餅みてぇになってんじゃねえか!」

つって驚いてたのがなんか面白かったな。

「んだべ。うちはいっつもこんな詰めやがんだよ」

2人の会話を聞いてると、俺は中学出てから庭しか知らねえ、これ一本でやってきた、みたいな(知らんけど)ピュアさを感じた。

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数年前の大津波で実家も件の立派なお庭も跡形もなくなったのだが、法事で地元に帰った折にふとあの眼鏡のおっさんの安否が気に掛かり、母親に聞くと「亡くなった」と。

まじか、やっぱり津波で?と聞くと、震災前に普通に肺癌で死んじゃったらしい。

普通にって言うのも酷い話だが。それ聞いて少し安心したのを覚えている。

あんまり地元に対して人にも環境にも愛着が持てなかったが、あの庭師のおっさんが一番好きかもしれなかったな、と思った。

 

庭師のおっさんへ

自分は今もペーパードライバーを貫いています。貫くって別に立派なもんでもなんでもないんですが。