わたしは貝になれない

人生の偏差値50

胸騒ぎ

浪人して大学に入ったのに就職活動に失敗し、看護師になるべく専門学校に入り直した。

こう言うと、就職難の時期だったから…と気を使われることもあったが、失敗した原因は完全に自分にある。

 

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大学受験のときもそうだったが、自分は変なところで楽観的というか、自分の能力を過信して、まぁどっか滑り込めるだろと簡単に考えてしまう。そろそろ本気で始めるか、と思ったときは既に遅く、周りから大きく遅れをとっている。いつもそうだ。根底には、煩わしく面倒なことから出来るだけ逃避したい、嫌なことは後回しにしたい、という思いがある。夏休みの宿題だって、いつも最終日に徹夜でやっていたし、間に合わなかった課題は未提出で知らん顔。クズそのものである。

みんなと一緒に真面目に就活していたからといって、内定が貰えたかと言えばそうではないだろう。こんなクズ、自分だって採用したくない。面接官はよく見ている。

だから、あまり面識がない親戚のおっさんに、

「就職しないでまた学校行くって、それ大学行ったのまるっきり無駄でねぇか」

と言われたとき、その当たり前の発言が逆に嬉しかった。こんなクズに気を使わないでくれてありがとうと思った。

 

専門学校は、自分のように就活に失敗した人や、仕事を辞めて入学してきた人も何人かいたので、疎外感はなかった。自分は若い女性が少し苦手だったのだが、話してみると素直で良い子ばかりだった。仕事とは言え、時には屎尿や血液に塗れ、他人の世話を嫌がらずしようと思えるなんて、しかも高校卒業したての若い子が。悪い子であるはずないじゃないか。

AVのインタビューで、なりたい職業を聞かれて保育士か看護師と言う女優は良い子だ。絶対に。AV女優だって、普通の女性は嫌がることを笑顔でやってくれるじゃないか。時には屎尿や血液に塗れることもあるだろう。根っこは一緒なんだ。

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病院はどこも人手不足なので、希望する病院へ難なく入職できた。

自分は頭も動きも鈍い。急性期の病棟は向いてないと思ったので、入退院の少ない、認知症の老人ばかりを集めた病棟に配属を希望した。人気のない病棟だったので、新卒入職は自分だけだった。

 

認知症という病は、実に奥が深かった。

傍目には全く普通に見えても受け答えが支離滅裂だとか、妄想が激しかったり、他人に対しては穏やかだが家族にだけ激しい暴言・暴力があったりする場合もある。

「こんなところにいたら、自分もおかしくなりそうだ」

と言って、周りの患者とは離れたところでいつも一人クロスワードパズルをしていたA氏は、家に戻るとゴミ捨て場から大量のゴミを拾ってきて溜め込む、所謂ゴミ屋敷の住人だった。

車椅子で自分では指一本動かせないB氏は汚言症があり、女性器の名称を10秒に一回叫んでいた。

元気だった頃は有名な会社の重役だったC氏も、今では

「ち○ちん大きくなって〜、大騒ぎ〜」

しか言わない。

職員は慣れたものだが、家族は相当辛いだろうなと思った。

妄想が激しい患者に叩かれたり噛まれたり、生傷は絶えなかったが、この仕事はまぁ自分に合っていた。日々の業務は多忙を極めたが、急変する患者は少ないし、大体は1日のスケジュール通りに動けばいい。

 

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入職してちょうど1年が経とうとする頃、院内で研修を受けていた際に例の震災があった。

都内でこんなに揺れるのだから、実家の方も只事ではないだろうと震えた。病棟内のテレビで津波の映像を見たときは絶句した。そして、おそらく家族は助からないだろうとも。実家から海まではとても近く、静かな夜は潮騒が聞こえてくるほどだったから。

「ち○ちん大きくなって〜、大騒ぎ〜」

ナースステーションに一番近い部屋で寝たきりのC氏が、大声で叫んでいた。彼は昼夜を問わずその台詞を叫ぶ。大騒ぎと言っているが、騒いでいるのは彼だけだった。それを聞きながら、全く上の空でなんとか業務を終え家に帰り、家族からの連絡を待った。

 

幸い、祖母はデイサービスに、母は職場にいたため助かった。施設の固定電話から連絡が入り、安心はしたが、実家は駄目だったと聞き大きなショックを受けた。

「嘘⁉︎」

嘘ではないことは百も承知だが、思わず言ってしまう。

「そんな……なんとかならないの?」

なんとかなるはずもないが聞いてしまう。

「なんとかって、全部流されたんだよ!何にもないの。すかっと!じゃあ、他の人も電話使いたくて大勢並んでるからもう切るよ。とりあえず無事だからね!」

そう言って、母は電話を切った。激しい喪失感に襲われた。

 

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今は無事だが、また地震が起こって、避難先の施設まで津波が来たら……などと考えているうちに夜が明け、一睡も出来ぬうちにまた職場へ向かうことになった。

自分の出身地を知っている職員から家族の安否を問われ、家族は大丈夫だったんですが実家は駄目で……と言ううちに堪えきれず涙が溢れた。

すみません、と席を外し、ナースステーションの奥で気持ちを落ち付けようとした。

 

「ち○ちん大きくなって〜、大騒ぎ〜」

C氏は今日も元気に叫んでいた。この恐ろしい日本の状況を分からずにいられるのも、ある意味幸せだな、と少し羨ましく感じた。

「ち○ちん大きくなって〜、胸騒ぎ〜」

え、今なんつった?ずっと同じ台詞だったのに、このタイミングで変えてきやがった。

不謹慎かもしれないが、それ聞いてなんか爆笑してしまった。胸騒ぎってなんだよ。ポエティック。

しかし笑いの力と言うのはとても強い。張り詰めていた気も一気に緩んだ。

家が流されたのは辛いが、2〜3日ワンワン泣けば諦めもつくだろう。そう思えた。

 

 

諸事情で翌年に退職することになったが、この日のことはよく思い出す。

辛い記憶も、「胸騒ぎ」と一緒に想起するので、結局は笑ってしまう。

C氏へありがとうと伝えたい。終